nalicot.2chan.net

Dec 3, 2009 10:54pm
Dec 3, 2009 10:53pm
Dec 3, 2009 10:53pm
この映画は社会批判はおろか、ブラック企業への批判すらなく、最終的には、ブラック企業の理不尽な待遇に耐えて働くことが、主人公のポジティブな成長の証しとして、感動的に描かれるのだ。 -

最低最悪!『ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない』 - 俺の邪悪なメモ (via cut-c) (via liefujishiro) (via gemogemo)

ただでさえ一部の知ってる人間が試しに見る程度の映画だろうに誰が得するんだ。。。。

(via 330bpm)

Dec 3, 2009 10:43pm
Dec 3, 2009 10:37pm
以前Adobeのセミナーに参加した際、
Adobeの方が「もうPSプリンターである必要はありません。我が社ではすでに使用していません」とコメントされていました。 -

Re^4: カラープリンター購入について - DTP駆け込み寺 新掲示板 (via otsune)

なんだと

(via ichimonji) (via aya18) (via petapeta) (via thresholdnote) (via nsss) (via mocrlbmut) (via ssbt)

Dec 3, 2009 12:03pm

グラフィックデザインを見ている人というのは、CGを駆使したハリウッドの最新映画や、目がくらむほどの特殊効果を使った流行のミュージックビデオを見ている人と同じ人たちなのです。

どうやってグラフィックデザイナーはこのような魔術と渡り合うことができるのでしょうか。私たちはテクノロジーも予算も時間もありません。もし私たちの作品に注目してほしければ、まったく逆の手段をとらなくてはなりません。つまり、リアリティにうったえなければいけないわけです。現実の世界を注意深く観察して、「見てください。こんな身近にあったのに、知っていましたか?」と見る人に伝えなくてはなりません。それが私にとっては、どんなにすばらしい特殊効果よりもわくわくすることなのです。

ほかにもグラフィックデザイナーが知っておかなくてはならない今日の状況があります。

コンピューターが現れる前は、印刷物の製作はデザイナーと印刷所に託されていました。クライアントの多くは、どのようなものが仕上がるのか非常に曖昧なイメージしか抱かずに、ロゴやPR誌、事業報告書、パンフレットといった企業ツールに十分にお金をかける心構えがありました。

しかし、今はわずかな経費で、コンピューターやスキャナー、プリンターを持っていれば、誰もがソフトを買って、ある程度の企業ツールを作ることができます。かつてのデザインや印刷の秘技はついになくなってしまいました。

さて、以前は大金を払って専門家に依頼していた仕事と同じことがタイピストにできてしまったら、デザイナーには何が残るのでしょうか? 

デザイナーは、タイピストではできないことをやらなければなりません。彼らは創造的な問題解決者にならなくてはなりません。残念ながら、思考することはデザイナーが好む行為ではありません。デザイナーが好むのは、その選択が最適かどうかにかかわらず、文字、色、形を選び、特有のスタイルでイメージを描き、最新のグラフィック技法を次の仕事で使うことなのです。

デザイナーはこれらの小細工を「カルチャー」から手に入れます。「カルチャー」はデザイナーに何がかっこよくて、何が流行していて、何が人気があって、何が古いのか教えてくれます。「カルチャー」はすべてのデザイナーに同じことを伝えますから、もしが何かオリジナルなことをしたければ、言うまでもなく、「カルチャー」に影響を受けるべきではないのです。

私が辿りついた、オリジナルの作品を作成し、なおかつクライアントもきちんと満足させることのできる最適なプロセスとは、次のようなものです。

仕事の依頼があったら、どんなに自分がその対象のことをよく知っていたとしても、それにまつわるすべてをいったん忘れます。つまり、初めてその対象を知ったようにして接するのです。すると、最終的にはその対象について自分が心の底からわくわく感じることを、言葉にできるようになるのです(この表現がわくわくするものであればあるほど、イメージもわくわくするものになるでしょう。)対象のおもしろい点について言い当てる、というのが一番難しいところです。

対象について何か面白いこと、または(願わくは)オリジナルなことを言えるようになってはじめて、イメージについて考える準備ができたということになります。私は言い当てた言葉に耳を傾けます。「グッドデザイン」についての先入観をすべて忘れ、その言葉が自らのとるべきかたちを私に語りかけてくるのに任せるのです。

この展覧会で私の作品をご覧になり、私が言行一致につとめていることに同意していただけたら幸いです。

それではごきげんよう。

ボブ・ギル

- ボブ・ギル展スタート - 恵文社一乗寺店|店長日記 (via hirolong) (via emeow) (via uessai-text) (via hustler4life) (via al1again) (via loopdrive) (via kerolon) (via kyohei1989) (via ujitomo) (via nemoi) (via kondot) (via ssbt)
Dec 3, 2009 11:57am
ルールがきつくなればなるほど,人々は寛容さを失う。これは間違いないと思う。
自分がルールに縛られていれば,他人もルールに縛られて欲しいと思うのが人情だ。
現代人は,僕の見る限り相当ルールを守って生きていると思う。そして,寛容さを失っていっている。その様子を,大学に勤めるある友人が,「お互いに首を絞め合っている」と表現していた。言い得て妙だと思う。僕はこういう状況を「体育会系の論理」と呼んでいた。 - ドタキャンばかりする人々と,何年でも無遅刻無欠勤を続ける人々 - 諏訪耕平の研究メモ (via toratorazero) (via proto-jp)
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Dec 2, 2009 10:57am
Dec 2, 2009 4:49am
Dec 2, 2009 4:39am

ダイゴ・ウメハラはストリートファイターが上手い、誰よりも。

2005年にウメハラが格闘技ゲームの世界から二年間の休息をとったとき、 ファンの何人かはパチンコにはまったのだろうと考えたそうだ。 彼の類まれな反応速度を活かして、最後には運がモノをいうゲームでも 食い扶持が稼げるだろうと。

実際は青森の病院で働いている両親の志を継いで、 普段は公共の健康福祉センターで働いている。

「プロとしてゲームをすること、それは日本では現実的な選択じゃない」

彼は教えてくれる。

「もし自分のゲームスキルを生業として実際何かしたかったら、もう既にやってたと思う。 海外の賞金付のトーナメントから招待を受け始めたのは最近のことだし。 日本ではゲームは楽しむためのもの。見返りを期待しちゃダメだ」

- ななしのゲーム大学:格ゲーの神 ウメハラさんが海外メディアのインタビューを受けました (via otsune) (via cxx) (via abuf) (via metaphone)
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